6日目 日目(2004年2月26日 木曜日)
ワルザザードは近くにあまり見所もないので、ゆっくりに起床。
10時頃に朝食を食べて、タウリルトのカスバへ向かいました。

たぶんこの辺だろうと思い、見た目(↓)もそんな感じだったので、近くにいた中学生くらい男の子に「カスパはここ?」と尋ねると、「うん。」と答えるので、中へ入ってみることに。
しかし、実際に入ってみると、普通にベルベル人が住んでいる様子。
ベルベル人の住んでいるカスバこれが観光名所なのかな?ワルザザードはスークも小さかったからこんなものなのかな?などを考えたのですが、この時はよくわからずにぷらぷらと回ってみました。

小さい子供たちが空気がペコペコなボールでストリートサッカーをやっていました。
私は、特に了解もなく勝手に混ざることにしました。
なぜなら、言葉はまったく通じませんので、了解を取れなかったのです。
しかし、お遊びのサッカーに言葉なんか要りません。
パスしたり、フェイントでかわしたり、わざと取られたりして遊んでいると、入り口であった男の子が来たので、その子を入れてゲームをすることに。
ゲームと言っても、ゴールがどこだかわからないような状況で、今までの遊びとあまり変わらない感じでしたけど。ベルベル人の子供たちとサッカー
その後、入り口で会った少年が「ジダンを知っている?」と言いながら、マルセイユルーレットをの真似をしたので、「もちろん知ってるよ。ジダンは世界No.1プレイヤーだ!」と答えて、私も負けずにマルセイユルーレットをやってみました。
もちろんできるわけないのですが・・・。
サッカーは世界共通なんだということがわかりました。
結局、1時間くらいそこに滞在し、みんなと写真を撮って別れました。
別れ際に、日本に帰ったら、撮った写真、サッカーボール、服などをいろいろな物を送ってくれ頼まれました。
やはり、ここは貧しい人々がたくさんいるんだなと思い、気持ちとして少年に10DH(約120円)をあげました。(向こうが要求したんですけどね。)

でも、まだ謎が解決できません。
先ほどのサッカーをやったところが本当に観光名所なのかと言うことです。
やはり変だと思ったので、地球の歩き方で確認すると、本当のタウリルトのカスバは、この裏手に入り口があったみたいでした。
つまり、サッカーをやった場所は、本当に普通の住民が生活している場所でした。

その後、本当のタウリルトのカスバへ行きました。
入り口でサッカーのモロッコ代表のポスターを自慢げに見せびらかして、「これが誰々」と説明している人がいたのですが、良く分かりません。
そのうち、ハジという言葉が聞こえたので、ハジは知っているけど背番号が何で20番じゃないの?と聞くと、どうやら弟みたいでした。タウリルトのカスバ(ハジとはフランスリーグで活躍している有名選手)
そのポスターは、U−23(たぶん)だったみたいです。
また、絵画サークルか何かがこのタウリルトのカスバをスケッチしていました。
カスバに入ってみると、特に見所というものはありません。
中はたくさんの部屋が狭い階段でつながっているのですが、途中で迷子?になってしまいました。
屋上からは眺めが良いということでしたが、結局、屋上へは行けなかったし、正直言ってあんまり面白くありませんでした。
ちなみに、20世紀初頭のマラケシュの司令官だったグラウイという人が住んでいた所で、映画「シェルタリング・スカイ」の舞台になった所だそうです。
(実は、この映画を知りません・・・。)

タウリルトのカスバの横からメディナへ行けるという事なので、ちょっと寄って見ることにしました。
やはりメディナと言うだけあって、勝手にガイドしようとする人がいます。
これはどこのメディナも一緒なんですね。
お金は払わないと言う約束で、案内してもらうことに。

どこへ行くのかと思うと、ベルベル人の装飾品屋に連れて行かれました。
そこの店主(お兄ちゃん)は、とても話し好きみたいで、英語でべらべら話してきます。
日本人だと言うと、大阪のミキ子(だったかな?)が友達で、一緒にそのベルベル人の家族のところへ遊びに行ったと言っていました。
そしたら、いきなり自分の頭を指して「カミカツラ」「カミカツラ」と連呼し出しました。
最初は意味がさっぱり分からなかったのですが、良く考えると「髪カツラ」と言うことでした。
誰がそんな言葉を教えてたんでしょう・・・。ベルベル人の装飾品屋でベルベル人の服を着させてもらった私
でも、私も暇だったので、その店に腰を据えると、ここでもベルベルウイスキーを頂きました。
このベルベルウイスキーは、本当においしいですね。
念のために書いておきますが、あくまでお酒ではなくミントティーです。
その後、しつこいくらいにベルベル人の装飾品の説明をされて、ちょっと飽きてきた時に「ベルベル人の服を着る?」と聞いてくるので、着させてもらうことにしました。
それが、この写真(⇒)です。
結局、30分くらいいたのに何も買わずその店を出ました。
何か買ってあげても良かったのですが、本当に特に欲しい物がなかったんです・・・。
その後、他の店でお土産のローズウォーターを買い終わっても、時間はまだ15時。何しよう・・・。
お土産については、
お土産のページをご覧ください。

本当に暇になってしまった私は、モロッコ人の憩いの場であるハマムへ行くことにしました。
ハマムとは、憩いの場と言ってもカフェではありません。(モロッコはフランスの影響でカフェが多いですが)
何かと言うと、公衆サウナです。日本で言えば銭湯といったところですね。
1回ホテルに戻り、浴室セットを持ってハマムへ。ハマムの入り口
ちなみに、ハマムは、旅行者自身ではたぶん見つけられないと思います。
なぜなら、入り口にはこのマーク(⇒)があるだけなので。

中に入ると番頭さんがいたので、日本の銭湯と同じように先に7DH(約84円)を払いました。
そして、目の前の脱衣場で着替えようとするとタオルを忘れていたことに気づきました。
番頭さんに指差し会話帳で「タオルはないの?」と聞くと、「ない」との答えだったので、1回ホテルに戻り再びハマムへ。
今度こそ脱衣場で服を脱いで(パンツは履いたまま)、そこに置いてあるバケツを持って、サウナへ入りました。
中は、広い部屋が3部屋繋がっていて、1番奥の部屋まで行くと湯船がありました。
しかし、日本の銭湯のように湯船に入るわけではなく、あくまで体を流すためのお湯です。
私は、そのお湯をバケツに入れて、湯船のすぐ近くの壁側を陣取りました。
見よう見真似で体をこすってはいたのですが、どうして良いか良く分からずに困っていると、親切なモロッコ人のおじさんが、やり方を教えてくれて、さらに私の背中をゴシゴシこすってくれました。
モロッコ人との裸の付き合いで、モロッコがさらに」身近に感じられました。
旅行中は、出の悪いシャワーだけだったので、とてもすっきりしました。
なかなかできない貴重な体験に、とても満足な気分でした。
ハマムについての詳細はこちら

すっきりした私は、ホテルに戻りちょっと休憩。
温まったからか眠くなってしまいました。
1時間くらいベッドで横になって読書をし、夕飯を食べに再び外に出ました。
スークに行き、隣にあるアル・ムーアヒディン広場へ行くと、ちょうど市が開かれていました。
主に、子供向けのおもちゃと焼き物を扱っている店が多かったのですが、その中で面白いものを発見しました。
それは、「あいうえおブロック」(メイド・イン・チャイナ)です。
おもちゃのブロックにひらがな仮名が書いてあるのですが、これをどこで売ろうとしたのかなと思いました。
すごくちゃちく、ぼろっちいので、これを日本人が買うとは思えないんだけど・・・。
ちなみに、モロッコのおもちゃはすべて中国製でした。

その後は、街をぷらぷら散歩してモスクに行ったり、話しかけられた人の相手をしていました。
夕飯は、またまたハリーラを食べ、満足して戻りました。
ホテルに戻ると、翌日の準備をして寝ることにしました。


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