メヒコ!メヒコ!メヒコ!(メキシコ旅行記)

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2日目(8月25日)
昨日の夜は、かなり遅くなってしまいましたが、朝7時30分頃起床しました。
今日でカンクンとお別れです。
たったの1日でしたが、衝撃的な街(夜)でした。

朝9時にプリメラクラセ(ファーストクラス)のバスで、世界遺産のチチェン・イツァーへ向けて、いざ出発!
プリメラと言っても、別にデラックスなバスというわけではなく、高速道路を通るから早く到着するというだけなんです。
もちろん、プリメラのほうがセグンダクラセ(セカンドクラス)よりも料金は高いですが、プリメラでも3時間30分の長旅なので、楽な方を取りました。
ちなみに、セグンダですと、4時間30分くらいかかるそうです。

バスでは、飛行機と同じように眠っていたのですが、
次第に眠れなくなりました。
チチェン・イツァー案内図なぜかというと、クーラーがギンギンに効いているんです。
外は、ガンガンに暑いので、半袖短パンの格好だったので、もう泣きそうなくらい寒かったです。
途中の休憩所では、用も無いのにバスから降りました。

外はすごく暑かったのですが、私にはちょうど良かったです。
しかし、バスはすぐに出発!
正直、凍えながらチチェン・イツァーに到着しました。

チチェン・イツァー世界遺産の碑ここで、簡単にチチェン・イツァーの説明をしたいと思います。
チチェン・イツァーは、世界遺産であり、マヤ文明の遺跡です。
広大な土地には、旧チチェンと新チチェンがあり、旧チチェンは、マヤ文明独自の特徴が見られる古いもので、新チチェンは、何世紀か後にトルテカ人が支配した時に栄えた新しいものです。
新チチェンは、マヤ・トルテカ文明とも呼ばれているそうです。
素人の私が見ると、どちらも古い遺跡だな〜って事しかわかりませんけどね。

チチェン・イツァー(新チチェン)の中に入ると、まずは一言!「すっご〜い」
なぜなら、真ん中に大きいピラミッドがありました。
エルカスティージョそのピラミッドは、エル・カスティージョ(意味はお城)と呼ばれていて、チチェン・イツァーのシンボルです。
私は、これを見にチチェン・イツァーへ来たのです。
エル・カスティージョは、雄大なピラミッドで、とても感激したのですが、
一つ残念なことがありました。
それは、上まで登れないこと。
事故防止か保全のためか良くわかりませんが、何年か前から上に登ることを禁止にしたそうです。
メキシコシティのテオティワカンのピラミッドは登れたのに〜・・・。


その後、球戯場跡や壁画などを見ていたら、とても辛くなってきました。
なぜなら、外がガンガン暑く、さらに、朝から何も食べてなかったんです。(水は飲んでいましたが)
こんなことなら、入り口の売店で何か買っておけばよかったです・・・。
ということで、売店探し!
とりあえず、休憩プラス何かを口に入れたいと思いました。
そして、地図を見てみると、奥にある聖なる泉セノテの所に売店があることがわかりました。

聖なる泉セノテ聖なる泉セノテには、左右にお土産屋が並ぶ一本道を抜けて行くのですが、ちょっと冷やかしとスペイン語の練習のため、お土産屋に声をかけながら聖なる泉セノテへ向かいました。
聖なる泉セノテとは、チチェンという言葉がマヤ語の「泉のほとり」ということもあり、チチェン・イツァーの由来にもなっていて、日照りなどの天災から逃れるために、少女(処女)や宝飾品を泉に投げ入れていた泉です。
そんな話を聞くと、なんだか凄く怖いですよね。
でも、ここは、ある意味もっと怖いと思いました。
エル・カスティージョには、前面に進入禁止のロープがあったのですが、泉には何もガードがありません。
誤って泉に落ちてしまう可能性もあると思うので、こっちこそ進入禁止にしたほうが良いのではないかと思いました。
だって、泉ってすっごい深そうなんですよ。
中は濁って何も見えませんし、誰かが落ちても絶対にわからないような気がします。

そして、やっと売店を発見!
なんか食べられるものがないか見てみると、売っているのはスナック類だけ。
あとは、飲み物とアイスでした。
外はかなり暑いので、アイスでもいいかなと思ったのですが、腹にたまると思いスナック菓子を買いました。
値段は、かなり高かったのですが、お構いなし。
辛いチリ味のスナック菓子でおなかを満たしました。

戦士の神殿泉に来るために通ってきた1本道を戻り、戦士の神殿へ行きました。
ここに、マヤ文明の代名詞?であるチャック・モールがあります。
チャック・モールとは、生け贄の心臓を捧げるための皿を指すらしいのですが、人間の石造が横になっていて、おなかに皿を持っています。
写真があればわかりやすいのですが、ここもエル・カスティージョと同じように何年か前から上れなくなってしまったのです。
さらに、神殿の内部にももう一つ神殿があって、昔は入れたらしいのですが、こちらも非公開になっていました。
写真には、上のほうにちょっとだけ写っています。(これでは、わかりませんね?)
わかり辛いと思いますので、4日目に行ったユカタン人類学博物館に飾ってあったチャック・モールをご覧ください。

この後は、旧チチェンへ移動!
カラコル旧チチェンは、カラコル(カタツムリという意味らしい)という天文台や高僧の墳墓というピラミッド型の神殿などがあり、ぷらぷらと見て回りました。
カラコルは、新チチェン時代に改築されたようなので、ある意味新チチェンのようなものです。

一通りチチェン・イツァーを見たので、そろそろ帰ろうかと思ったところ、急にスコールが降ってきました。
とりあえず、退避しなければと思ったのですが、あんまり中に入れる建物が見当たらず・・・。
仕方がないので、トイレに入り込み、スコールが止むのを待っていました。
その時、私が引き連れたわけではないのですあ、トイレの入り口は雨宿りお土産屋さんでびっしり。
結局、1時間くらいトイレで退避していました。

雨も止んできたので、チチェン・イツァーに別れを告げ、次の滞在予定地メリダへ向かいました。
今度は、セグンダクラセのバスで約2時間くらいなのですが、行き同様にクーラーがギンギンで凍えていました。
次からは、学習しようと思っていると、バスがメリダへ到着しました。

メリダに到着すると、まずは宿探し。
前もってチェックをしていたムクイホテルへ行くと、1泊200ペソ(約2,000円)ということ。
じゅうぶんだと思ったのですが、とりあえず部屋を見せてもらうことにすると、びっくりするものが敷地内にありました。
それは、庭にプールがあり、イタリア人カップル(ホテルの人が教えてくれた)が泳いでいたんです。
1泊200ペソなのに、すっごいな〜って思い、満足してこのホテルに決めました。
ちなみに、そのホテルの人は、英語がほとんどできなかったので、頑張ってスペイン語でやり取りしました。

ホテルに荷物を置くと、休憩もせずに街を散策に行きました。
自分で言うのもなんですが、かなり元気ですよね。
日数が少ないので、無理して動いたというのが本音ですけど。

メキシコのある程度の都市は、街の中心にソカロ(中央広場)とカテドラル(中央広場に隣接している教会)があります。
ソカロメリダの街も例外ではないため、中心のソカロへ行くことにしました。
ソカロに行くと、憩いの場として、住民が普通にくつろいでいました。
私もその雰囲気をちょっと味わい、隣にあるカテドラルやモンテホの家(昔の建物)、州庁舎(工事中)、お土産屋などを見ながら、街を歩いていました。
すろと、カーボーイと遭遇!
実は、カーボーイではなく、メキシコ革命の英雄である「パンチョ・ビージャ」のようです。
そのパンチョ・ビージャがなんとビラを配っていて、こんな会話をしました。

パ:「今日の21時からうちのレストランでライブがあるから来ない?」
私:適当に「いいよ!興味があるよ。」
パ:「絶対だよ。待ってるから。そういえば、マヤのお土産買った?」
私:「今日、メリダに到着したばっかりだから、何も買ってない。」
パ:「だったら、お土産屋案内してあげるよ。」
私:「今は、買わない。ごめん。でも、21時のライブは行くよ。」
パ:「買わなくてもいいよ。知り合いの店だから見てみる?」
私:「それならOK!行こう!」

と言うことで、お土産屋に連れて行ってもらったのですが、約束通り何も買いませんでした。
正直、なんだよ〜って感じで、文句を言われると思ったのですが、そのパンチョ・ビージャは、何にも問題ないという感じで、ビラ配りに戻っていきました。
この時、ちょっと悪いことをしたかなって思ったのとライブがちょっと気になったので、21時にその店へ行こうと思いました。
とは言うものの時間を見ると、まだ19時過ぎ。
21時までは、まだまだ時間があるし、おなかはかなり空いていました。
それもそのはず、あの聖なる泉でのスナック菓子しか食べていなかったのですから。
ということで、ユカタン半島名物を食べるために、その辺の定食屋みたいな場所で食べました。

ピビル・ポジョ店員のおっちゃんに、ユカタン半島名物はどれ?って聞くと、何個か教えてくれたのですが、どんな料理か全くわからず・・・。
仕方がないから、セルベッサと一緒に適当に頼みました。
その名もビビル・ポジョ
鶏肉をバナナの皮で包んで蒸した料理でしたが、とても美味しかったです。
これは、お勧めですね。
ちなみに、ポジョとは鶏肉の意味ですが、ピビルは、よくわかりません。(辞書を調べたのですが、載っていませんでした)
たぶん、「蒸す」などのユカタン半島独特の言い方なんだと思います。

その後もお土産屋に寄ったりして時間を潰し、約束どおりパンチョ・ビージャのお店へ行きました。
時間は、まだ20時45分でしたが、やることがないので、中で待っていることにしました。
お店に入ると、当たり前のように注文は?って言われます。
すでに、おなかがいっぱいだったのですが、何もいらないとは言えなかったので、軽そうで且つユカタン半島の名物がないかを探し、ソパ・デ・リマを頼みました。
ソパとは、スープの意味なので、スープならどうにか食べられるだろうという考えでした。
ライブそれで、出てきたのがバナナチップス。
隣りにチリソースが添えてありました。
注文が間違ったのかと思い、とりあえず、バナナチップスを食べながら演奏が始まるのを待っていました。
その間も外であったパンテョ・ビージャを探していたのですが見つからず、こんなことなら義理立てて来なくてもよかったかなって思いました。

ソパ・デ・リマそして、21時になると、演奏スタート!と思いきやチューニングなどの微調整を続けています。
どうせなら、早く始まってよ〜って突っ込みたかったのですが、その時に、店員がソパ・デ・リマを持ってきました。
そうでうす。ちゃんと注文は入っていたんです。
つまり、バナナチップスは、お通しだったんですね。
バナナチップスも食べていたので、更に、おなかがいっぱいだったのですが、ちょうど始まった演奏をバックに、ユカタン名物ソパ・デ・リマを食べました。
ちなみに、ソパ・デ・リマとは、鶏肉とライム汁をベースにしたちょっとすっぱいスープです。

演奏はまだ続いていたのですが、22時を過ぎたので、帰ることにしました。
今日も昨日に続いて、かなり行動的に動いたこともあり、ホテルへ戻るともうぐったり。
シャワーを浴びて、寝ることにしました。
明日は、もう一つの世界遺産であるウシュマルへ行く予定です。


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